古くからある【おまじない】 願いは善いことを、良い波長で光りましょう!
執筆した占い師:堂園 りま先生
更新日:2023年9月21日
皆様こんにちは!
いつもお電話ありがとうございます。堂園りまです。
「日本の永遠のふるさと」がキャッチコピー・岩手県内陸部に位置する遠野市は、カッパや座敷童子などが登場する民話が言い伝えられていて、柳田國男「遠野物語」の舞台にもなった町です。
この度、遠野市立博物館において【遠野物語と呪術】という展覧会があり、タイトルに惹かれ訪れました。
参考画像:Tono Municipal Museum in Tono, Iwate prefecture, Japan by 663highland is licensed under CC BY-SA 3.0
※呪術という言葉に不吉なエネルギーを感じる方は書き進める内容に嫌悪する恐れがありますのでどうぞ読み止めくださいね。
展覧会では、遠野と岩手県内のおまじない(=まじない)に関する資料を中心に展示されていて、初めて観るものばかりで、遠野市の民間信仰や年中行事などにもまじないの習俗を見ることができました。
昔から人は様々な願い事・願掛けをしてました。【誰もが幸せを願うこと】良い願いのエネルギー=自分のエネルギーとなることを願ってコラムを書かせていただきました。
ハードな文章もあるかと思いますが、よろしければどうぞお読みくださいませ。
「呪術=まじない」とは
遠野市立博物館は地元の図書館も兼ねている建物とスペースは共有されている場所で、歴史的な郷土の成り立ちなど、地元の理解を深めるために古い物が時代順に集められた通常展示もあるのんびり雰囲気の中で 【呪術=人々の願う事=こうだったらいいな♪】と、現代でも自然と願う事を考えました。
【呪い・呪術】という文字は恐ろしいような感じをうけますが、【呪術=願いごと】と言い換えると、身近な習慣として、例えば受験の成功を願って神社にお参りをしたり、年中行事としてお正月に一年の無病息災やさらに絵馬など奉納も様々な願掛けを行ったり、良い年でありますようにと初詣や、冠婚葬祭の日取りを決める際などでも暦で吉日を調べたりすることは現代でもごく普通に行われていて、「未来がHAPPYで幸せに包まれますように、良い日にスタートすることで見えないエネルギーを味方にしたいと願う・どうかお願いしますと祈る」このような事も元は呪術ですね。
「呪術」とは、神や精霊などの超自然的な力や神秘的な力に働きかけ、種々の願望をかなえようとする行ないや、それに関連して祈りを捧げる信仰の体系のことを指す言葉で、「まじない」「魔術」などとも呼ばれております。
望みを叶えたいと願う人々にとって古くから行われている願い事の達成が通常の方法では困難そうな時や、それを望む気持ちが強い場合、厄災を避けたい時にもよく行われ、 神や聖霊など人知を超えた超自然的な存在の力を借りて目的を達成させようとする行動も呪術ですね。
『遠野物語』とは
岩手県遠野市に伝わる民話を集めた『遠野物語』にも、様々なまじないの話が掲載されていました。
遠野物語は民族学者・柳田国男が筆記編纂し、明治43年(1910年)に発刊した説話集となります。
遠野地方出身の佐々木喜善より語られた土地の話で河童や座敷童子のほか、山の神、家の神、山男・山女、幽霊、伝説など遠野地方に伝わる逸話・伝承119話が収められた本です。
遠野市において1750年頃に建てられたとされる国の重要文化財に指定されたL字型で母屋と馬屋が一体化している【南部曲り家】があり、人と馬がともに生きた生活文化があったので遠野物語にも馬がたくさん登場しており、河童に川でいたずらされる記述などもありました。
参考画像:千葉家住宅歴史的建造物南部曲り家 by 小原由夫 is licensed under CC BY 3.0
また、遠野地方で【オシラサマ】という神様が存在しており、桑の木で馬と娘の顔を彫った二体が一対のご神体として、昔から根強く信仰されて【遠野物語69話】にその始まりが記されております。
参考画像:国立民族学博物館展示 by ういき野郎 is licensed under CC BY-SA 4.0
お知らせを告げる神様でもあり、遠野では普段ご神体である【オシラサマ】は箱に大事にしまわれており、年に一度の小正月に箱から出し、【オシラサマ】に化粧をして新しい着物を重ね着せ飾る事を 「遊ばせる」と表現する風習がありました。
遠野市立博物館と別の伝承館という建物には約1000体のオシラサマが見学出来て圧巻の数で恐ろしいほどでした。
ここで遠野物語の物語104話、105話に記されていることに触れますと、占いとまじないとは自然現象の天候や人為によって吉凶判断したり日取りや物事の流れ未来を察知する事で、知ろうとすることは今も昔も大きく変わらず、物事の真実や心霊の意志や未来の出来事などで、その占いとまじないの方法は極めて種類が多く、何を選択するかなど例えば畑に植える作物の順序も占いの一種で決めていたようであります。
また見えない不思議な力を頼る行為の託宣は神や死者聖霊などの意向を伺うことであり、自らの状況を理解した上で、これから取るべき行動や方向性を託宣で示してもらう、もしくは自分の行動を決断するために行うものであったとされています。
東北地方のイタコや沖縄のユタなどは神がかりして託宣をするということですが、遠野地方でもかつてオシラサマによる託宣が行われていたり、正月の晩には月見や、夜中見などの占いが行われていたことも記録がありました。
災が起こった際に速やかにこれを抜けようとするまじないとしては、病気平癒のまじないなどがあり、現在ほど医学が発達していなかった時代には病気やケガに効能のあるまじないや神仏の霊験ある妙薬なども一般庶民の強い味方であり存在しておりました。
江戸時代に漢方薬など有ったものの、一般市民には高額すぎて、一般的に病気に効く身を焼くおまじないなど、耳痛や足痛など用法別の受付の書き方なども記されていて、そこには庶民にとっての生活の知恵が集められていたりしていたことを知ることが出来ました。
現代社会において、まじない・占いなどの事象は非科学的であり、不合理なこととされたりもしますが、遠野物語に記された民話から紐解く日々の暮らしの中では神仏に感謝したり、暦を気にしたり、占いの結果に一喜一憂したりということがよくあるので、占い師として嬉しいばかりです。
河童は赤い?
遠野市立博物館と別に、語り部から民話を聴くというスタイルで伝承館という建物があり、上皇ご夫妻も訪れていた写真パネルも展示されてました。
参考画像:Denshoen in Tono, Iwate prefecture, Japan by 663highland is licensed under CC BY 2.5
河童はキュウリを食べ、川で遊び、人や馬をからかったりするイラストなどで観る姿は緑、亀のような甲羅を持っておりますが、遠野では【赤い河童の口伝】がありました。
こちらは想像・推理に過ぎませんが、前述の通り一年に一度【オシラサマ遊び】として布を被せまた来年出すという習慣ですが、そこに亡くなった子供に着せようとしていた布地を一部分切り取り、オシラサマに重ねていたものか多くあり、物悲しさと亡くなってなお募る家族の想いや無念さを感じました。
この感情を味わう旅となったことは今でも心が苦しく重くなる感覚があります。飢饉により食糧が少なく、医療が現代ほど発達していない昔では、生き残ることは時に難しい時代があり、力弱い赤ちゃんも犠牲になることが多かったようです。
博物館にはそのような不幸な出来事も記録展示されており、亡くなった小さな命を【子供の姿に似た赤い河童の存在】として命ある子供に聞かせたりしていたことで記憶に繋ぎ止め忘れない・忘れないようにしていたのだと私は思いました。
また遠野物語は有名な書物なので座敷童子についての穿った見方の考察もあり、「座敷童子が去ると栄華を極めても没落する」という言い伝えを逆手に取り「座敷童子が出て行くとすれ違った証言があった栄えた屋敷が後に屋敷全員で大鍋料理を食べたところ、毒キノコの混入で下男に至るまで死に絶え、村の人達か物を持ち出し、その屋敷は絶えた」とあるが、現代風な推理をすると「村人が屋敷の物を欲して奪う為に【座敷わらしが居なくなった】と風評を流布したのち、毒キノコを混入させ完全犯罪を狙った」という推理も掲示されておりました。
生きてる人の欲は今も昔も恐ろしいと身震いしつつ、証拠は全くありませんが、この恐ろしい推理が真実なのだと戦慄しました。
人々の願い
伝言ゲームという遊びは一人ずつ言葉を伝えていくと10人ほど先には【聞き間違え&言い間違え】で似て非なる言葉になる遊びです。「たまご→ごま煮」というような。。
民話が口伝となると物語の長さも相まって話がかなり違ってしまっていることも考えられます。
それでも遠野物語から人々は村の繁栄や、占いやまじないに頼りつつ作物の豊作を願ったりして、遠野地方は海から遠いのですが馬に運ばせ山の物と海の物のやり取りなど中継地点として栄えたと記録がありました。
遠野地方は山深い東北の昔では情報が集まり栄えた要所だったようです。
繁栄と共に人も多く集まり発展した社会がつくられていったようで、民話に語り継がれる実在する場所、ファンタジーというより土着信仰と生活が結びついているという印象で土地のエネルギーは穏やかで安定していて落ち着く地だと感じ、それこそが古くから遠野地方の方々の願いなのかと思いました。
幸せになろうよ
遠野市において遠野の民話がまとめられて本となった遠野物語は、人々の生活や記録の一部が載っていて昔々の日々の生活の積み重ねから当時がしのばれると改めて思います。
幸せを願うと対極にあるのが、人を呪うことになるかと思いますが、遠野地方にもその方法として最もよく知られている丑の刻参りがあります。
参考画像:A woman makes a cursing ritual ceremony
丑の刻参りとは
丑三つ時、午前2時半頃密かに神社を訪れ、呪う相手をかたどった藁人形を境内の樹木などに五寸釘で打ち付けるというもので、呪われた方は釘を打たれた箇所の痛みに耐えかねて苦しむといわれていて、また丑の刻参りを行う者は五徳を逆さにかぶり3本のロウソクを灯し、白衣と鏡を身につけ一本足の高下駄を履いて、女性の場合は口に串を加える。占い成就のためには絶対に人を見られてはならず、7日間行わねばならないとされている。
この姿は【幸せ】とは程遠い姿ですね。
また、かつては病気や災難は神仏の祟りや疫病神によってもたらされると考えられていたので、それらへの対抗手段として悪いことが起こらないように、あらかじめ予防しようとするものと起こったことに対して用いられるものがあり、前者の代表的なものとして家の内外に魔除けを施すこと・魔除けは実に様々で屋根の鬼瓦や村に入り込まないように薬剤を吊るす等、道切りの縄や藁人形を家の敷地の入り口に建てる等も鬼の葉などの魔除けのキックイや、蘇民将来などの護符や数多くのお札類もありますね。
神仏の姿や呪文塾を用いた紙を貼って災害を受けとすることは今でも行われていますが、根底は【無病息災】を願うことであったようです。
曲り屋で馬を大切にして祈り強く信じて願い、独自の信仰や記録が残っている資料から見えない世界を信じて生きていた事実があり、神物に願う時、人は純粋に願いそのことだけを考え1つの願いに集中して無になり瞑想状態になることが出来て、願いが叶えばまた願う時のために、丁寧な生活を生み出していたので穏やかなエネルギーの土地になったのではないかと思います。
願う力
世界に目を向けると飢饉も食糧難も無くなってはおりませんし、今現代の日本であっても未来あるはずの若年層の貧困なども見聞きします。
呪術は祈祷をしたり、呪文を唱えたりとする印象がありますが、イギリスの人類学者フレーザーはその著書の中で呪術を類感呪術と感染呪術の2種類に分けて説明していて類感呪術とはある現象を模倣することによって、それを実際に引き起こすもので、例えば雨乞いで水を撒き、太鼓を叩いて雷の音を表すということは代表な例です。
参考画像:James George Frazer (1854-1941)
一方の感染呪術は一度接触したもの、あるいは一つであったモノ同士は遠隔地においても相互に作用するという考えによるもので、狩りの獲物の足音に槍を突き刺すとその影響が獲物に及んで逃げ足が鈍るとするような行為をあらわします。また誰かを呪うとき、その人の爪や髪を用いるなどの例があります。
神や聖霊など人知を超えた超自然的な存在の力を借りて目的を達成させようとする行為で望みを叶えたいと願う人々にとって古くから行われてきた方法を分類して記したフレーザーは大変興味深く、私が霊視鑑定において過去世リーディングは声から読み解く類感呪術で、現在のお悩みを状況をお聞きして紐解くことは感染呪術に近いかと思いました。
霊視は証明して差し上げられませんが皆様のお悩みが少しでも解決すれば、と願う力で向き合っております。
正しく願って幸せに
遠野市立博物館において呪術に興味があって好奇心で参りましたが、かなり恐ろしい感情のオバケ(自分の奥底の不安や恐怖心)と向き合うこととなりました。
どちらかというと理不尽な出来事や人の感情などは理解してネガティブなモノは受け取らずやり過ごしたり、自分のエネルギーの浄化をしつつ対峙して、過去の歴史や目の前の問題に取り組んで乗り越えることが平常に出来ていたと思っていたのですが、1000体を超える天井まで埋まるほどの人の強い念が入り込んだオシラシマの部屋に足を踏み入れた瞬間から慣れていたはずの他人の思考にグラついて振り回される感覚を体験しました。
視えない世界に携わり小さな頃から様々な体験をしたことで何事にも平常心でいられる芯ある深さを得たように自分のエネルギーを整えていられるつもりでしたが、ちっぽけな私は外から来るもの全てに同調できるわけではないのだと改めて感じました。まだまだ生きている限り発展途上です。
それでもいろんな体験をしつつ、好奇心旺盛に自分を追い込まない程度に強くしなやかに軽いイメージを持って、外部から思いも掛けない歪みを伴ったエネルギーが急に届いたとしても、良い周波数を維持して変わるところは変え、変わらずとも良いところは維持して行くこと、たったそれだけの臨機応変適材適所が大切な事と理解しておりますが、当たり前のことが一番大変な課題だと受け止め日々精進します!
ヨチヨチ歩きでも成長できますように!
日々浄化のベルを鳴らしつつ高い波動で安定ブレない単純明解な私であれば、正しく願いも強く届くこととなるでしょう。
豊かな日本で豊かな精神でいられますよう、幸せになる努力を続けます。皆様においても善いことを願いキラキラと光り輝く未来でありますよう願っております。
読んでくださり誠にありがとうございました!
▼堂園 りま先生の前回の記事はこちら▼
スピリチュアルに読み解く「睡眠」の役割について
▼堂園 りま先生のインタビューはこちら▼
「堂園 りま先生」ってどんな人?電話占い絆所属の占い師に直接インタビュー!
このコラム記事を書いたのは、「電話占い絆~kizuna~」占い鑑定士の堂園 りま先生です。
堂園 りま先生どうえん りま
鑑定歴 | 10年以上 |
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得意な占術 | 霊視 霊感 スピリチュアルリーディング 前世リーディング タロットカード 四柱推命 手相 人相 身相 |
実績 | 今までに占いをした最高齢は92歳の女性で、健康で長生きしてひ孫さん達に恵まれても、見たことのない未来はいくつになっても気になるモノだと思います。 また就活の学生の相談や、人間関係の相談を日々受けております。 |
得意な相談内容 | 心の悩み・すべての恋愛・人間関係 ・転職・適職 ・就活・なぜ?どうして?不安の解消糸口・過去世リーディング |
堂園 りま先生よりご挨拶
遠野市立博物館において不思議な音を聞いたり、不可思議なことがたくさんありましたが、不気味ということではなく、知らないこと・気付かなかったことが沢山あったという感覚です。想像することと目の当たりにすることは似ていても非なるもの、という感覚でした。これを期に接してこなかった【呪術関連の展覧会】など勧められたモノに足を運んで客観的にエネルギーを感じてみたり成長しつつ占い師として皆様に関わって行こう!と思っているところであります。
お読みいただきありがとうございました!
お客様から頂いた口コミ
女性60代
仕事の先輩兼友人との関係で相談させて頂きました。
友人の性格や友人の態度について先生のお話で納得出来ました。
また私自身が気がついていない私について、先生がお話ししてくれました。そーか?納得!
初めての鑑定でしたが、先生は私の話の中から見える物があると、その都度、見えた事を話してくれそれを繋ぐと私の疑問が解決しました。
また先生は見える先の事を話してくれました。それを聞いて私もまだ頑張らなくちゃ!と思いました。
ストレートな感じの先生です。
それがとても信頼できると感じました。